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2015年度 卒業生の軌跡



1  石井 斗真

3  山田 佳輔

4  西山 健太

5 遠山 莉生

6 伊久留 翼

7  円谷 和希

8  早坂 栄人

9  八木 聖雅

10  柳沼 倫

11 平野 創士

13 門 武

14 植田 結愛

18 奥野 大葵

コーチ 真田 拓馬




 石井 斗真

僕が入団した頃思い出に残っているのは、うんていばかり遊んでいたことが今でも頭に残っています。
僕は一年生からキーパーを始めました。
今では何でキーパーをやったのだろう?と思っていますが、たぶん陸(お兄ちゃん)に憧れてキーパーを始めたんだろうと思います。
二年生はボールをポロッポロこぼしてコーチに何回も怒らていました。
二年生で一番心に残っている試合はジュニアカップの決勝戦です。
九曜にPKで負けて悔しかったです。
3年生は、ブルーイーグルスを一番やめたいと思っていた時期でした。
3年生で一番心に残っている試合は、夏の区大会の北前野戦です。
10人で試合に挑んで1ー1のPK戦で負けてしまいものすごく悔しかったです。
四年生は、けいすけとけんたが入って来ました。6年生になる頃にはDFのレギュラーでした。
4年生で一番心に残っている試合は都大会出場をかけたヴィルトス戦です。
その中で驚いたのは、普段全くDFをしないせいががゴール前まで戻ってきてDFをしていたことです。
5年生はだいきが入ってきて後にキーパーをやり始め、ライバルの存在でした。
5年生で一番心に残っている試合は、ジュニアカップの決勝戦です。
惜しくも負けてしまいました。でもジュニアカップでは、毎年一位パートに行けた記録を残すことができたので嬉しかったです。
6年生はだいきがキーパーが上手くなってきて今までになかった負けたくないという気持ちが最大限に引き出された一年でした。
6年生で一番心に残っている試合は、冬の区大会最後の試合成増戦です。
0ー2で負けてしまったけど最後までみんな諦めずに一生懸命戦った最高の試合でした。
「BLUE EAGLES 8年間ありがとうございました!」


卒団おめでとう。
幼少期からブルーイーグルスのGKとして良く頑張ってくれた。
自分でもわかっているようにポロポロ、ボールを取りこぼしているイメージが強いかな。
ただその代わりに取りこぼすイメージが最初からあったからこそ、ゾーンに入っているときは
凄いファインプレーをしているイメージもあった。
俺自身も本格的に指導し始めたのは3年の夏の合宿からで
斗真自身もキーパーっぽくなってきたのは3年の後半ぐらいからかな?合宿ではすごいイジメた印象がある(笑)
ただそこで頑張ったからこそ、そのあとの大会や試合では
PKを止めているイメージもあるし一対一の場面でもしっかりと止められる選手になり、そういったプレーに繋がったんだと思う。
中学校ではバスケをやると聞いているし、バスケではうまい部類に入っていると聞いている。
ただそこで天狗にならずに、これからは本当に好きなことをできるんだから
今の実力で満足せずに今まで以上の努力をすること。あとは自分が嫌いな人の話を聞かないところがあるので
一定の人の話を聞くのでなく、タメになる人の話はどんなことでも受け入れてレギュラーを取り続けるように!!!
真田拓馬


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 山田 佳輔

僕はブルーイーグルスに入っていた3年間でたくさんの楽しい思い出ができました。
また、努力の大切さ、仲間の大切さ、などたくさんのことを学びました。
僕はブルーイーグルスに入って本当に良かったと思っています。
今後はブルーイーグルスでの経験をいかしていろんな物事に頑張ります。


卒団おめでとう。
4年生からと言う短い期間で良く頑張ってくれた。
最初は何考えているかわからなかったけど、一緒にいるに連れて本当に何も考えないんだなって気づきました(冗談)
複数のことを伝えるとテンパってしまうことが多かったけど
一つのものに対しての対応力はすごく、マンツーマンなどで付けると本当に最後までしつこくマークして頑張ってくれたと思う。
失敗をすると萎縮してしまうところがあるが、思い切りの前への意識は誰よりも強く最後まで粘りよくディフェンスをしてくれた。
リフティングなども一人で努力して最後はできる組に入り努力する能力を持っている。
これからバスケ部に入ると聞いていて
またゼロからのスタートになると思うけど持ち前の継続力と今まで以上の努力をしてレギュラーを勝ち取るように!!!
真田拓馬


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 西山 健太

僕は、4年生の時にブルーイーグルスに入団しました。
ブルーイーグルスの3年間で一番に学んだことは、サッカーは仲間が必要なこと、主に仲間の大切さです。
そう思えるようになったきっかけは4年生の時の上尾の試合です。
その試合で僕は、初めてFWをやりました。
それまで僕はずっとDFをやっていてFWのやり方が分かりませんでした。しかも点をあまり取ったこともありませんでした。
けれど僕が、苦手だったヘディングに挑戦してヘディングシュートを決めることができました。
その時に、みんなが一緒に喜んでくれて仲間の大切さをとても強く感じました。
その試合のおかげで僕はもっとサッカーが好きになりました。
中学でもサッカーをやるのでポディション関係なくブルーイーグルスで学んだ仲間の大切さを胸に頑張ります。
3年間という短い中でサッカーの楽しさを伝えてくださり
ありがとうございました。


卒団おめでとう。
4年生からという短い期間で良く頑張ってくれた。
最初はインサイドのプレーがうまいという理由で前をやらせていたけど、取られることを恐れている健太を見て
DFにしたら思いのほかフィットしてチームでディフェンスの要として良く頑張ってくれたと思う。
フィジカルやヘディングなど臆さずに泥臭く積極的に前から取りに行くプレーが印象的だった。
ミーティングなどすると、いち早く質問に対して答えられていた印象があるのでサッカー脳も、ちゃんと持っている。
正直もうちょっと早くブルーに来ていたら安定したプレーができるのでチームの核となるメンバーになれたんじゃないかな。
安定したプレーはできるのでビビらず自信をもって中学校でもプレーするように!!
真田拓馬


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 遠山 莉生

僕は7年間サッカーをやって団結する事と、仲間を信じる事の大切さを学びました。
例えば、4年生の時のブロック大会や、都大会の試合に勝った時は、仲間を信じる事が出来、団結して頑張った成果だと思います。
中学校にはサッカー部はありませんが、ブルーで学んだ事を活かして、違う分野で頑張ります。


卒団おめでとう。
キッズの頃から人よりも色々なハンデがある中で良く頑張ってくれた。
振り返ってみるとハトマークや大きな大会ではフィジカル面を得意とし誰にも負けずに常にチームを救ってくれたと思う。
正直ブランクの期間がなければチームの主力として貢献できたと思うし、負けなくてすんだ試合もあったと思う。
大きな体のわりに気持ちは少し弱くて、誰でもわかることを、ただ純粋に色々な質問をしてくるリキにチームは大分、
和まされたんじゃないかな。
最後のほうは中々ブルーの練習に参加できなかったけど
久々に戻ってきたリキをみてチームメイトも大人もやっぱり嬉しいしチーム全体が良い雰囲気になったと思う。
中学校ではサッカー部がないとのことだが空手も強いし他のスポーツでもやる際にはリキ自身、身体能力なども高いので
主力になれるよう努力するように!!!
真田拓馬


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 伊久留 翼

僕は、7年間ブルーイーグルスさんにお世話になりました
始めた時は「楽しい」「もっとボールを蹴っていたい」と思っていましたが、
ブルーイーグルスに入ってサッカーをやっていくうちに「違う事もやってみたい」と思っていきました
そのせいで、サッカーをやりたくないと思ってました
でも、お父さんとお母さんが、「試合に出てこい」「諦めるな」と言って、
途中で諦めていた僕を救ってくれました、そのおかげで試合には出れていて、
いちからやり直そうと思えました
全てはお父さんやお母さんや役員の人や
1年からずっと教えてくれた拓真コーチのおかげです。
今まで、ありがとうございました。


卒団おめでとう。
最初に一言、言っておくとキッズから7年間、君を見てるんだけど名前【拓馬】だからね!!
まぁそこが君らしい部分でもあるのだが
正直この学年の中で一番つらいポジションはサイドの選手だと思っている。
上下の運動量と逆サイドでやれば中に絞らないといけなかったりと
多分この学年の運動量を測ったらツバサが一番走ってるんじゃないかな。
それなのに「もっと走れとか、もう疲れたのか?」とか言っちゃってごめんね!
今となってはいい思い出だね!(笑)
正直、技術や身体能力はうまいレベルの人とそんなに変わらないと思う。
ただ練習中・試合中に頭の回転が常に止まっているのでボールを持っていないときこそ、しっかり考えて効率よくプレーするように!
またその日のコンディションでプレーが左右されちゃうのが君の課題だと思うので
中学校でサッカーをやるのであれば、そう言った部分もしっかり自分でコントロール出来るようになること
これからはお父さん、お母さんの力を借りずに自分の力で努力し,レギュラーを勝ち取れるように頑張るように!!!!
真田拓馬


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 円谷 和希

僕は2年生の途中から、ブルーイーグルスでサッカーを始めました。
自分の中では4年生のハトマークの高島平SC戦が一番心に残っています。
1点を先制された試合で同点のヘディングシュートを決める事ができ、その後 逆転で勝った試合です。
この後、勢いもついて都大会に出場できた事もすごく嬉しかったです。
他にもたくさんの試合と練習をキャプテンの倫をはじめチームメイト、コーチと一緒に出来て本当に楽しかったです。
これからは創士と同じチームでサッカーを続けます。他のチームや中学の部活動で頑張るみんなに負けないよう自分も成長します。
そしていつか対戦したり、高校や大学で また一緒のチームでやれる事を楽しみにしています。
最後に両親はじめ、みんなのお父さん お母さん そして役員の皆さんの応援、嬉しかったです。
今まで本当に有り難うございました。


卒団おめでとう。
気持ちを全面に出さない和希は試合になると内なる闘志が誰よりも強く相手にとっては脅威だったと思う。
チームメイトには優しいが試合になると誰よりも泥臭く且つどん欲な執念からチームを引っ張ってきた一人で
副キャプテンとしてもよく頑張ってくれた。
自己中な選手が多い中で謙虚にプレーをし、ほかの子を引き立てるプレーはどこに行っても通用すると思う。
六総会でも言ったがすべての試合において不調のないプレーを常に継続していたので
ブルーイーグルスの中で一番うまかったんじゃないかな、と俺は思っている。
正直個人の実力は高いレベルなのかと問われると決して高いとは言えないが、
必ず和希みたいに謙虚にプレーをしてくれる選手をほしがる監督はいるので今のプレースタイルを磨き上げること!!!
あとは線が細いのでご飯を食べ体を大きくし自分から仕掛けるプレーを覚えて前でプレーできるよう努力するように!!!
真田拓馬


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 早坂 栄人

僕は、年長の時にブルーイーグルスに入団しました。
サッカーを通して沢山の思い出や学んだことがあります。
毎年恒例の夏合宿!暑くて辛いけど最終日の水風船は本当に楽しかったです。
僕が一番心に残っている試合は6年の小菅杯です。0対3で前半終了、後半に逆転勝利を収めた事です。
僕もループシュートを決める事が出来ました。チームが1つになり勝ち取った勝利、本当に嬉しかったです。
僕は、このブルーイーグルスでの経験を生かして中学でも頑張りたいです。
沢山の人にお世話になりました。有難うございました。


卒団おめでとう。
年長の頃に入ってきた栄人。
いつも言っているように当時は鉄棒や砂遊びなどしていて。。。本当に練習には来てほしくなかった(笑)
ただいつの間にか、ちゃんとサッカーをして人前でスピーチを面白く言えるようになり
最後の高島平杯では主力として本当に頑張っている栄人をみて俺も含め親など全員が驚いているんじゃないかな
小学校2年生ぐらいかな。一人でドリブルして一人、二人を交わしてどんどん前へ進む栄人を見たときは腹を抱えて笑いました。
成長していて且つ、あの栄人が人をかわすなんて!!と(笑)
中学校ではサッカーをやると聞いてます。
正直、栄人が最後、高島平杯で活躍できたのは今までの努力とチームでやるべきことを理解していたから活躍が出来たと思っている。
なのでこれから新たなチームでサッカーをするからにはチームのやり方を理解しフィットする必要があるので
新たな試練はつづくと思うけど中学校行ってもレギュラーを取れるように努力し頑張るように!!!
真田拓馬


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 八木 聖雅

僕は8年間ブルーイーグルスでサッカーをやって来ました。
最初は砂遊びをしていて全くサッカーに興味がなかったです。
でもだんだん興味が湧いて行きました。理由は拓真コーチがサッカーやるぞと声をかけてくれてやる気が出てきました。
最初は何の技術もなく凄く下手くそでした。でも拓真コーチが基礎をしっかりと教えてくれてどんどん上達して行きました。
初めての試合の時コーチの指導を思い出してプレーをしました。点を決めてサッカーが楽しくなって行きました!
僕は4年生の頃に初めてプロサッカー選手になりたいと思いました!
理由はたまたまテレビでネイマールを見てびっくりしました。
足技が凄くて相手をスピーディーにかわして行くプレーに驚きました。
それから僕はネイマールみたいなプロサッカー選手になりたいと思いました。必死に努力しました。
拓真コーチにできない事を聞いてどんどん上達して行きました!
僕が1番印象に残っているプレーは5年生の時の区大会です!
ネイマール見たいにドリブルで相手を抜いて得意ではない左足で1点決めた事は忘れられません
その後にチームメイトと喜んでもう1点取るぞと言う気持ちになりました!
だがその試合は惜しくも1-2で敗れました。でも悔いはない試合になりました!
僕はこの8年間色々な事を学びました!
仲間の大切さ親の大切さ自分1人ではサッカーはできないと言う人の大切さを学びなした!
その中でもコーチの指導は1番大切だと思います!
コーチが僕達を指導してくれなかったら僕はこんなに成長できなかったと思います!
仲間達は僕の大切な宝物になりました!今まで一緒に戦ってくれてありがとう!
コーチの指導チームメイトの事を忘れずに中学でもしっかりと結果を残します!
(努力は裏切らない!)


卒団おめでとう。
君も名前を間違えているね。聖雅とはレイヤが友達だからという理由で
聖雅が生まれた頃からの付き合いだから、もう弟みたいな感覚だった。
まぁブルーイーグルスでは、天狗になるからあまり言いたくないけどエースストライカーとしての立場だったね。
決定率は10本シュート打って2本ぐらいの決定率だったけど。ストライカー感は持っていた(笑)
正直言うと中々このストライカー感を持った選手っていうのは、いないので絶対にこのストライカー感は無くしちゃいけない。
簡単に言ってしまえばストライカー感っていうのは蹴った瞬間のボールの威力やミート力・足の振り
どこの学年にもこういう選手っていうのはいないので、できるだけ中学校に行ったらストライカー感を持ち前でプレーをし続けること!!
サッカー脳もあるが、全ての人の意見を鵜呑みにしてしまう部分があるので、自分が必要としている部分だけを汲み取り吸収し
効率よく向上できるように努力すること!!!
また今までの君の兄弟の状況からして誘惑があると、すぐにコロコロやりたいことが変わってしまうことがあるので
一つのことに集中して最後までサッカーをやり続けること!!
あと俺は君の友達じゃないので友達のように連絡してくるのはやめてください。(笑)
親がサッカーをやらせるために良い環境を作っているので中途半端な覚悟でやるのではなく
常に向上心を持ち努力し続けること!!!
真田拓馬


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 柳沼 倫

僕は、ブルーイーグルスでのサッカーを通して、沢山学ぶ事ができ、沢山の思い出ができました。
その中でも特に学んだ事は、練習をしっかり積み重ねると必ず結果がでる、
そして仲間の大切さ、何よりサッカーの楽しさを学ぶ事ができました。
僕にとっての一番の思い出で嬉しかった事は、6年最後の試合高島平杯で、僕に神が降りてきて…沢山点を決められた事です(笑)。
拓馬コーチ、役員の皆さん、いつも応援してくれるお父さん、お母さん方、一緒にやってきた仲間みんなのお陰です。
中学でも、何事も一生懸命頑張っていきたいと思います!
今までありがとうございました!!


卒団おめでとう。
ブルーのキャプテンとして良く頑張ってくれた。
キッズの頃から、ちゃんとサッカーをしていたのはトモぐらいかな
最初はFWをやっていたけど、いつしか一番下までポジションが下がっていったね(笑)
確かに最後の方は本当に神が降りてきて・・・たくさん点を決めていたし・・・一生分決めちゃったね(ドンマイ)
だれよりも負けたくない気持ちを前面に出し
発言にはキャプテンとして、ふざけてることが多々あったので少し威厳が足りないこともあったけど
プレーでキャプテンらしさを出せていたし、中学校でもキャプテンをやること!!!
正直トモがDFにいることで周りのコーチ・親など全員が安心して試合をみていられたと思う。
俺が中学校で覚えたディフェンス能力を小学校で覚えていたトモには驚いたし、正直尊敬すらした。
中学では九曜でやると聞いているので必ず出来るだけ前のポジションでプレーすること!!!
DFは前ができなければ、いつでもできるので、なるべく前でプレーするように
7年間キャプテンとしてチームを引っ張ってくれてありがとう。
真田拓馬


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 平野 創士

僕は、1年生の頃から6年間、ブルーイーグルスにお世話になりました。
6年間の中で一番印象に残っているのは、4年生のハトマークフェアプレーカップの6ブロック大会の準決勝のヴィルトゥス戦です。
その試合は、勝てば東京都大会に進める試合でした。
その試合で僕は先取点を決めました。その時は、チーム全員が団結し「勝つぞ!」という気持ちでした。
その結果2-0で勝って東京都大会に進むことができました。
その試合が終わったとき、改めて、サッカーの楽しさと、仲間と協力するこの大切さを感じました。
さらにこの6年間でいろいろな経験をして、仲間や周りの人に対して「謙虚な気持ち」を持つことが大切だということを学びました。
しかし、良い環境でサッカーができて、このようなさまざまなことを学べたのは、お弁当を作ったり、
試合を観に来てくれた家族、審判や試合会場の設営をしてくださった役員のみなさん、
いつも指導をしてくださった拓馬コーチなどたくさんの人に支えられていたからだと思います。本当にありがとうございました。
ブルーイーグルスで学んだことを生かして、
これからもたくさんのことに挑戦していきたいと思います。


卒団おめでとう。
チームのゲームメイカーとして本当に良く頑張ってくれた。
ハートマークや区大会、ジュニアカップなど大きな大会の要所で常に活躍しチームの勝利に貢献していた。
頭に血が昇ると周りが見れなくなるのが少し難だが、ただ落ち着いているときのプレーはチームの中でも一番だった思う。
頭も良いし柔軟性もあるので多分どこのポジションやチームに行っても、それなりに通用すると思うが
ただ監督やコーチ以外の人の意見や発言でも向上心やリスペクトの心を持ち話を聞くこと。
6年間見てきた中で多分、創士は自分が尊敬している人の話しか耳を傾けない傾向があるので、それだと成長は止まってしまう。
いち早く成長をしたいのであれば核となる信念を持ちながらもプライドは捨てて
どんな人の意見や発言でも良いので良い部分だけを吸収し行動に移して努力し続けること!!
そうすれば必ず高いレベルでサッカーができると思う。
今まで以上の努力をしレギュラーを勝ち取っていくように!!
真田拓馬


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 門 武

僕は、小学1年生の時にブルーに入りました。
最初はボールが怖くて逃げてばかりで、、いつしかサッカーをしたくない、と思うようになりました。
しかし、小学4年生の頃、八木さんと話し合って考えが変わりました。
諦めずやってみようと思いました。すると、サッカーの楽しさがやっとわかってきました。
今ではサッカーが大好きになりました。八木さんがいたからこそ、今の僕でいれたと思います。


卒団おめでとう。
一年生からスピードを使って良く頑張ってくれた。
優しいタケシは体で相手にぶつかることやヘディングなど臆している所があったが
チーム一のスピードで点を決めていたイメージがある。
頭が良いから、どこに居れば点が入るかという事もわかっていたし、キック力もあったので
ゴール前までスピードを使ってサイドからクロスに合わせてシュートしている印象が強い。
ただポストだったりゴールの上を超すようなシュートだったけど(笑)
11人制のサイドをやらせばゴール前までスピードを活かしてくれたのでカウンターがない分、安心できた。
最後の方は受験で中々、練習や試合に来れなかったけど、来れないなりに努力をしていたと思う。
将来の夢はパイロットになると言ってたがあれは今も変わっていないのかな?
一度挫折しかけた状況でここまで成長できたタケシならパイロットという夢、必ず成し遂げられると思う。
これから色々なことがあると思うが諦めずに夢に向かって頑張ること!!!!
真田拓馬


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 植田 結愛

私が一番の思い出に残っている試合は4年生のハトマークフェアプレーカップです。
その時はほぼスタメンで出場していました。
プレッシャーを一生懸命にかけたり相手からボールを奪っていたりしていました。
私は試合に向けて、しっかり努力してよかったと思いました。
それで本番で見せつければいいと思います。
得点は決められなかったけど準決勝のヴィルトゥス戦はイイ試合になりました。
試合後みんなは汗だらけでした。
汗をかいたけどとても気持ち良かったです。
でもここまでこれたのは、私を厳しく教えてくださった拓馬コーチや八木さんがフォローして
くれたからです。
お父さん方は朝早くから設営や審判をしてくださって、お母さん方は毎回おいしいお弁当を
作ってくれて応援をしてくれたから、私はここまで頑張ることができました。
この感謝の気持ちと拓馬コーチに教わったサッカーの技術の両方を活かして中学生になっても
頑張っていきます。
6年間ありがとうございました。


卒団おめでとう。 一年生の頃に入ってきて男子の中で唯一女子として頑張ってくれた。
男子にはわからない葛藤や悩みが色々あったと思う。
男子に負けないぐらいのフィジカルや負けん気も強く喧嘩したら栄人あたりは負けちゃうんじゃないかな(笑)
最後のほうはシーラムや女子部でブルーには来れないこともあったが
ブルーの練習に来た結愛が驚くほどの足元やパスを出せるほどの技術が身についていて成長をしているなと実感しました。
右足のターンができるからと言う理由で左サイドを好んでいたが今後は左足の練習と
最低限のキック力をつけてゴール前にこぼれたボールだけでも押し込めるぐらいのキック力をつけること!!!
中学校では女子部のほうで頑張るようだけどお父さんやお母さんに迷惑をかけないように
常に今までの努力をして日々成長し続けること!!!
真田拓馬


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 奥野 大葵

僕は、ブルーイーグルスで2年間練習や試合が出来て、とても良かったなと思いました。
5年生の夏過ぎからキーパーに変わって、その時は全然上手く出来ずにいたけど、
コーチや監督、お父さん方が熱心に教えてくれたおかげで、今ではみんなの実力に劣らないくらいになったと思います。
6年生の冬の大会の成増戦は、自分のミスもあり負けてしまいました。
悔しかったです。その悔しさを忘れずに頑張りたいと思いました。
中学生になったら更に難しくなるけど、努力していきたいです。
支えてくれたコーチ、役員の方々、お父さんお母さん方、そして家族、今まで本当にありがとうございました。
これからも応援よろしくお願いします。

拓馬コーチ、合宿頑張ってきます
また連絡します。


卒団おめでとう。
5年生から本格的にサッカーをやり始めて、ここまで成長できれば本当に大したものだと思う。
フィールドやキーパーを最初は交互にやり、慣れないポジションをやらされて、でも与えられたポジションで頑張る姿は印象的だった。
最後はキーパーとしての風格もでて、安心して試合を見ていられるレベルの選手まで成長していた!!
正直普段はマイペースで何を考えているかわからないような雰囲気なので
中学校に行ったら監督、コーチにマイナスなイメージを持たれることがあるかも知れないが
キーパーとしては本当に恵まれた体格をしているし短い期間でここまで成長をしているのであれば一番将来性が高いかも知れない。
なので今後は今まで以上の努力をしてレギュラーを勝ち取って行くように!!
真田拓馬


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 真田 拓馬

8年間ブルーイーグルスのコーチとして携わらせて頂き本当にありがとうございました。
最初は八木家の長男と友人という関係からコーチをやることになり
こんな若輩者の自分に付いてきてくださり本当に感謝しています。
自分自身サッカーをやっていたという事から子供たちが「なぜこんな事すらできないのか?」という思いから
結構叱っていたことが多かったと思います。本当にすみません。。。(笑)
ただある時を境に褒めることを覚えるようになりました。
それが遅いかもしれませんが5年生の時のジュニアカップです。
成増と試合をしたときに負けてしまいましたが本当にチームが機能していたし
何より勝つために自然と自分が子供たちを褒めていました。
その結果負けはしましたが相手をギリギリのところまで追い込んで且つその次の北前野戦でも良い試合をしました。
振り返ってみると過去の自分は褒めることを少し恥ずかしがっていたのかも知れません。
もっと早く、そこに気付けていれば今頃はもっと強いチームにできたんじゃないかと少し後悔しています。
指導力としては、全然足りない部分から指導方針などで色々ぶつかることもありましたが
恵まれた環境と本当に子供たち、お父さんお母さんがの力があり、ここまで来ることが出来ました。
自分はこれからまた新しい学年で指導していくつもりです。
今まで培ってきたものを活かして頑張っていきたいと思います。
子供達の試合なども時間があれば見にいきたいと思っているので連絡頂けるとありがたいです。

この8年間本当ありがとうございました。

BLUEEAGLES 38期コーチ 真田拓馬


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